韓国社会、【ダイナミックコリア】時には世の中の鏡に我々を映してみよう。我々が被害者でも国際世論の前で劣勢になることもある


記事要約:今回の韓国メディアの記事は中央日報なのだが、あまりにも面白すぎて管理人が笑い転げている。ダイナミックコリアて、結構、前に出てきたと思うんだが、実際,どんな意味かはかなり忘れていたのでそれを思い出させてくれた。

> ダイナミックコリア(Dynamic Korea)。誰かは知らないが、実にうまく付けた。これ以上に我々をよく表現する言葉があるだろうか。韓国はまさに躍動的だ。あらゆることが休まずに動く。勉強なら勉強、仕事なら仕事、全国民がいつも全力投球する。 

韓国人ほど怠惰な民族はいないだろう。全力投球しているなら、労働の生産効率の低さを改善してからいえと。労働貴族は働きもしないでストライキばかりしている国が仕事で全力投球とか。この時点で突っ込み所しかない。誰かは知らないがそのダイナミックコリアこそ、理想であって、現実は真逆だということに気づけよ。そして、韓国人が全力投球するのは被害者コスプレだけ。どんなことでも被害者になって謝罪と賠償を要求するしか脳がない。

そして、自分たちが加害者になりそうならすぐに責任転嫁を始める。ラオスのダム決壊や、FCレーダーの照射、ベトナムのライダイハン問題など、いくらでも事例が出てくる。まさに屑民族が他国で迷惑しかかけてないことの証左であろう。

> 危機の状況でその力はさらに目立つ。国家金融危機にどの国の国民が家にある金製品を出すだろうか。我々はそうした。各家庭のタンスからなんと227トン、21億ドルの金が出てきた。危機も突然襲ったが、克服も電光石火だった。危機が訪れればまた団結するだろう。 

たかが227トン。21億ドルの金が出てきてそれで助かった?違うだろう。米国に感謝しろよ。リーマンショックで危機に陥った韓国経済を助けたのは米韓通貨スワップ協定の300億ドルである。こうして、自分たちの都合の悪いことは忘却していく。これが認知バイアスのなせるわざ。タンス預金の21億ドルで韓国経済が助かったわけではないのだ。団結するのは構わないが,今度は誰も助けないぞ。ベネズエラみたいになるんじゃないか。

> 一生懸命な我々だが、少し足りないところがある。それは自分たちの目だけで世の中を眺めることだ。おそらく自分たちだけで長く暮らしているからではないだろうか。自国中心的なところが多い。一例を見てみよう。1997年11月のことを今でも「IMF事態」と呼ぶ。IMF(国際通貨基金)は我々に緊急資金を融通してくれた。融資してくれた銀行名で「事態」と呼ぶのは非常におかしい。IMFは危機に陥ったのではなく、その事態を招いたわけでもない。一種の幽体離脱話法だ。

ええ?韓国人はその危機を救ってくれた日本人になんといったか覚えているのか。最後まで助けてくれなかったといっただろう?しかも、アジア通貨危機で日本人がどれだけ韓国の資本流出を抑えようと奮闘したか。その感謝すらしてないだろう。むしろ、報道すらされてないかもしれんな。結局,自分たちが何で助かったかすら理解できてない。大丈夫だ。次は助けないからな。2度目のIMF事態になればいい。

> 先日、1人あたり国民所得が待望の3万ドルに到達した。名実ともに先進国クラブだ。達成を自慢しながらも、依然として法的に片足は開発途上国に掛けている。開発途上国に与えられる通商協定の特恵があきらめられないからだ。3万ドル国家が開発途上国なら国際社会はどう見るだろうか。自分たち中心の観照法だ。 
(中略:事例) 

そうやって自称先進国を気取るくせにいつも経済破綻の危機に晒されている矛盾に気付かないのか。韓国なんて先進国に遠く及ばないことなんてだれの目でも明らかなんだが。そもそも、1人当たりの国民所得が3万ドルがどうとかいいながら。それ以上はもう増えないだろう?もっと格差社会にして増やすのか?

> 昨年、飛行機に乗った韓国国民は3000万人、ソウルに来た外国人は1500万人。世界に韓流が広がり、韓国の放送には外国人が多い。このような国際化の中でも「私たち」性向は依然として根深い。国際社会が我々をどのように見るかを深く考えない。「黒い髪の外信記者」表現もそうだ。今では第3世界の国でも聞かれない表現だ。 

各国の芸能関係にお金を渡して宣伝しまくって韓流文化が広まりました。それを勝手に自慢されてもな。まずは韓流がアカデミー賞でもとってからの話ではないのか。

> このような傾向の中、何かあれば「原因は外国にあり、我々はひたすら悔しい」。悲壮の中で重要な意思決定をする。世界7位の貿易規模、11位の経済規模の国にふさわしくない。 

こういう愚かなことしか言えないから駄目だと言うことに気付かない。その世界7位の貿易規模や、11位の経済規模は誰のおかげだと思っているのだ。中国と米国だ。でも、そのどちらからも嫌われている。なら、次はどうなるかなんて子供でもわかるよな。縮小していくだけのことだ。

> こういう部分がある。実際、重要なことであるほど大きな絵では概して我々の考えと立場は正しい。ところが我々が正しければ、我々の意図が善良なら、それで終わりだと考える。これが問題だ。国際社会にも目と耳があり、考えがある。我々がどのように映り、どのように聞こえるかという点には無神経だ。時には果敢だ。判断が立てば、あることに対しては冷水を最後までねじり、ある国に対しては熱水を最後までねじる。しかし国際社会の水はたいてい中間の温度だ。 

ほんと認知バイアスだろう。自分たちが常に正しいしか思ってないからな。しかも、一体,どこに善良な意図があるのだ。矛盾だらけである。こういうのを韓国語で「コンデ」というらしい。

> 条約や国際文書が作られる時もそうだ。我々に有利な方向で考えてそう信じる。国連安全保障理事会決議も、欧州連合(EU)の新しい規定も、我々に有利な最上のシナリオで希望の解釈をする。北朝鮮、イラン制裁措置には特別な待遇を期待する。我々の事情は違うから当然だという考えがある。我々の事情を理解できない国は徳が足りず、人情がない国際社会は冷たいと感じる。中国、日本など周辺国とのいくつかの懸案をめぐっても似ている。 

この時点で理解不能だ。何で他国が韓国の事情を理解しないといけないのだ?条約や国際文書というのはその条約と国際文書が全てだ。内容が全てである。そこに感情なんてものはない。韓国に愛は無いのかとか、言ってる時点で頭がおかしいのだ。

> 肯定的な思考、もちろん重要だ。創意性、不変の徳目だ。我々の国益のために積極的に努力するのは当然だ。しかし相手を説得して本当に実利を得ようとするのなら、我々の考えや主張に客観性と合理性があるかどうかを常に顧みる必要がある。資料とデータ、論理と判例を相手の目の前に出さなければいけない。人に評判が重要であるように、国際社会の目も厳しい。重要なことであるほど冷静に我々自らを評価し、時には客観的な立場で問題を眺めよう。そうしてこそ勝つことができる。本当に実利を得る道だ。 

この前、韓国の外交辞令で致命的な失敗を暴露されていたよな。もう一度,出そうか。

> 北朝鮮の非核化意志に対する論争が起こったこの日の会談に対し、文議長と与党主要人物は「ペロシ議長は『(北朝鮮の非核化意志が確実だという)皆さんの希望通りになったらとても良いだろう』という言葉を使った。ペロシ議長が(韓国側の説得で)十分理解したと解釈できる」と話したためだ。

>米議会関係者は「その話を聞いた瞬間、われわれは皆、『oh my God(まさか)!』を叫んだ。『皆さんの希望通りになったらとても良いだろう』という言い回しは、まったく話が通じないときに話を打ち切る表現だということを知らないのだろうか。どうしたら確認もせずに、そのような天地ほどの違いの曲解をなんとも思わずにするのか」と問い返した。この関係者は「ペロシ議長も相当な不快感をあらわにして、『今後、韓国要人との面談の時に参考にせよ』という指示を与えた」とも伝えた。当時のハプニングは、韓米両国だけでなく第三国の外交官の間でもしばらく話題になった。

こんなことしておいて、良くそんなことがいえたものだな。その肯定的な思考の重要性というのはいまいち理解できないが、韓国が自分たちに都合良く解釈して、相手の立場を考えてないことは透けて見えるという。だから、こんな致命的な失敗を繰り返すのだ。

> これを逃せば、明らかに自分たちが悔しい立場でも相手の反撃を食らう。我々が問いただすべきことでも時間が過ぎれば攻守が変わっている。我々が被害者でも国際世論の前で劣勢になる。憤りが爆発することだ。 

自分たちが被害者ではないことを理解するところから始めないとどうしようもないな。そして、それを出来ないので韓国人とは付き合えない。お断りが世界の共通認識となる。

> 国内外が騒々しい。重要な岐路で時には我々を世の中の鏡に映してみよう。国際化や先進化などと大そうな名前を付ける必要もない。ワンテンポだけ遅らせて冷静に確かめてみよう。 

冷静に何かしようといいながら、こんな文章を書いている時点でただの火病記事という。ダイナミックコリアの一文でも容易に読み取れる。しかし、突っ込み所の満載の記事過ぎて,思わず時間忘れて突っ込んでしまった。気が付いたら午後6時前だ。ああ、そうだ。今日は選挙の日なので、頑張って投票してきて欲しい。管理人は昼前にいってきた。

この記事に対する旧サイトのコメント(13)

韓国経済、【ダイナミックコリア】時には世の中の鏡に我々を映してみよう。我々が被害者でも国際世論の前で劣勢になることもある

ダイナミックコリア(Dynamic Korea)。誰かは知らないが、実にうまく付けた。これ以上に我々をよく表現する言葉があるだろうか。韓国はまさに躍動的だ。あらゆることが休まずに動く。勉強なら勉強、仕事なら仕事、全国民がいつも全力投球する。 

危機の状況でその力はさらに目立つ。国家金融危機にどの国の国民が家にある金製品を出すだろうか。我々はそうした。各家庭のタンスからなんと227トン、21億ドルの金が出てきた。危機も突然襲ったが、克服も電光石火だった。危機が訪れればまた団結するだろう。 

一生懸命な我々だが、少し足りないところがある。それは自分たちの目だけで世の中を眺めることだ。おそらく自分たちだけで長く暮らしているからではないだろうか。自国中心的なところが多い。一例を見てみよう。1997年11月のことを今でも「IMF事態」と呼ぶ。IMF(国際通貨基金)は我々に緊急資金を融通してくれた。融資してくれた銀行名で「事態」と呼ぶのは非常におかしい。IMFは危機に陥ったのではなく、その事態を招いたわけでもない。一種の幽体離脱話法だ。 

先日、1人あたり国民所得が待望の3万ドルに到達した。名実ともに先進国クラブだ。達成を自慢しながらも、依然として法的に片足は開発途上国に掛けている。開発途上国に与えられる通商協定の特恵があきらめられないからだ。3万ドル国家が開発途上国なら国際社会はどう見るだろうか。自分たち中心の観照法だ。 
(中略:事例) 

昨年、飛行機に乗った韓国国民は3000万人、ソウルに来た外国人は1500万人。世界に韓流が広がり、韓国の放送には外国人が多い。このような国際化の中でも「私たち」性向は依然として根深い。国際社会が我々をどのように見るかを深く考えない。「黒い髪の外信記者」表現もそうだ。今では第3世界の国でも聞かれない表現だ。 

このような傾向の中、何かあれば「原因は外国にあり、我々はひたすら悔しい」。悲壮の中で重要な意思決定をする。世界7位の貿易規模、11位の経済規模の国にふさわしくない。 

こういう部分がある。実際、重要なことであるほど大きな絵では概して我々の考えと立場は正しい。ところが我々が正しければ、我々の意図が善良なら、それで終わりだと考える。これが問題だ。国際社会にも目と耳があり、考えがある。我々がどのように映り、どのように聞こえるかという点には無神経だ。時には果敢だ。判断が立てば、あることに対しては冷水を最後までねじり、ある国に対しては熱水を最後までねじる。しかし国際社会の水はたいてい中間の温度だ。 

条約や国際文書が作られる時もそうだ。我々に有利な方向で考えてそう信じる。国連安全保障理事会決議も、欧州連合(EU)の新しい規定も、我々に有利な最上のシナリオで希望の解釈をする。北朝鮮、イラン制裁措置には特別な待遇を期待する。我々の事情は違うから当然だという考えがある。我々の事情を理解できない国は徳が足りず、人情がない国際社会は冷たいと感じる。中国、日本など周辺国とのいくつかの懸案をめぐっても似ている。 

肯定的な思考、もちろん重要だ。創意性、不変の徳目だ。我々の国益のために積極的に努力するのは当然だ。しかし相手を説得して本当に実利を得ようとするのなら、我々の考えや主張に客観性と合理性があるかどうかを常に顧みる必要がある。資料とデータ、論理と判例を相手の目の前に出さなければいけない。人に評判が重要であるように、国際社会の目も厳しい。重要なことであるほど冷静に我々自らを評価し、時には客観的な立場で問題を眺めよう。そうしてこそ勝つことができる。本当に実利を得る道だ。 

これを逃せば、明らかに自分たちが悔しい立場でも相手の反撃を食らう。我々が問いただすべきことでも時間が過ぎれば攻守が変わっている。我々が被害者でも国際世論の前で劣勢になる。憤りが爆発することだ。 

国内外が騒々しい。重要な岐路で時には我々を世の中の鏡に映してみよう。国際化や先進化などと大そうな名前を付ける必要もない。ワンテンポだけ遅らせて冷静に確かめてみよう。 

イ・ジェミン/ソウル大法学専門大学院教授 

ソース:中央SUNDAY/中央日報日本語版<【中央時評】時には世の中の鏡に我々を映してみよう=韓国> 

https://japanese.joins.com/article/068/252068.html )

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